黒プーあるのダイエット日記
やんちゃ息子の黒トイプードル「ある」と、万年ダイエッター☆であるメタボな管理人と、ちょっぴりシャイでゲーマーな相方さんとの、ほのぼの日記です(^^)あるの画像メインの日記やグルメレポ、ヘルシーで美味しいレシピ、趣味の旅行や映画レポをぼちぼち掲載しますので、ゆっくりしていって下さいね(^^) 訪問された際にコメントや足跡を残して下さると嬉しいです♪

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母娘京都旅行 2日目~その2~ 芳春院
母娘京都旅行 2日目~その1~ 大徳寺の続きです。


大徳寺を眺めながら、境内を散策していると、芳春院の秋の特別公開があっていたため立ち寄りました。

DSC04480.jpg

通常は非公開の芳春院は、金沢城主前田利家の妻まつが建てた大徳寺の塔頭で前田家の菩提寺です。

ここで、前田利家についてお勉強タイムです。私は残念ながら大河ドラマも見ていないので・・・。

前田利家は幼名を「犬千代」という。15歳で織田信長に仕えて頭角をあらわす。

青年時代の利家は血気盛んで槍の又左衞門、槍の又左などの異名をもって呼ばれていた。

21歳の頃従姉妹であるまつと結婚。しかし翌年、信長の異母弟で同朋衆の拾阿弥が利家の櫛を盗んだ上、

無礼をはたらいたことから、信長の目前で拾阿弥を斬殺。当初、この罪での成敗は避けられなかったが、

柴田勝家や森可成らの取り成しにより、出仕停止処分に減罰され、2年間浪人暮らしをする。

単独で馳せ参じた桶狭間の合戦での奮戦の2年後、ようやく織田家への帰参を許される。

1568年、利家は、信長の命で前田家の長男・利久に代わり家督を継ぐ。

利家は上の兄たちと争うことを嫌い、夫婦共に気配りを絶やさなかった。

その一方で、まつは二男九女に恵まれ良妻賢母で夫や息子を鼓舞し、前田家を盛り立てたと言われている。

その賢さと、人柄から秀吉の母や正室からも可愛がられていたとのこと。

また夫の陣羽織に前田家の守り神の刺繍をするなど芸術にも長けていた。

天正10年(1582年)6月の本能寺の変で信長が家臣の明智光秀により討たれた時、

利家は柴田勝家と上杉景勝軍の籠る越中魚津城を攻略中であり、山崎の戦いに参戦できなかった。

光秀の死亡後、織田家の後継人事等を決定する清洲会議において秀吉と柴田勝家が対立。

利家は勝家と秀吉との関係にも苦しんだ。勝家の命を受け、秀吉に一時的な和議の交渉を行う。

この際に秀吉に逆に懐柔され、天正11年(1583年)4月の賤ヶ岳の戦いで、利家は柴田軍として布陣したが

合戦中に突然撤退し、柴田軍は敗北。しかし柴田勝家は利家のこれまでの労をねぎらったという。

国内を統一した後の秀吉は朝鮮出兵を始める。初め秀吉は自ら渡海する意思を持っていたが、

利家は徳川家康と共にその非なるを説き、思い止まらせた。

1598年以降は、秀吉と共に利家も健康の衰えを見せ始めるようになる。

嫡子・利長に家督を譲り利家は湯治のため草津に隠居するが、すぐに呼び戻され、五大老となる。

同年、秀吉は利家らに嫡子である豊臣秀頼の将来を繰り返し頼み没する。

しかし家康は亡き秀吉の法度を破り、伊達政宗・蜂須賀家政・福島正則と無断で婚姻政策を進めた。

利家はこれに反発し、諸大名が家康・利家の両屋敷に集結する騒ぎとなる。

利家には、上杉景勝・毛利輝元・宇喜多秀家の三大老や五奉行の石田三成、

また後に関ヶ原の戦いで家康方につくこととなる細川忠興・浅野幸長・加藤清正・加藤嘉明らが味方した。

2月に利家を含む四大老・五奉行の9人と家康とが誓紙を交換し和解した。

この直後、利家の病状が悪化し、家康が病気見舞いのため利家邸を訪問した。

この時、利家は抜き身の太刀を布団の下に忍ばせていたという。その後病死。享年61歳。

利家の死後、家康により加賀征伐が検討される。利長は豊臣家へ救援を求めたがこれを拒否された。

母であるまつは利家の死後、剃毛し芳春院と名乗っていたが、前田家と子供達を守るために

自らが人質になることを提案。加賀征伐は撤回された。

その後も、関ヶ原の合戦で西軍についた次男・利政の赦免や、利孝の大名取り立てを幕府に直訴するなど

前田家のために奔走するが、利政の赦免の約束は土壇場で反故にされ、ショックから重体となり、

幕府の命により伊勢・京で保養。しかし、金沢へは立ち寄りすら認められなかった。

慶長19年(1614年)に利長が死去し、ようやく金沢へ帰国。

元和3年(1617年)に金沢城内で死去、享年71歳。

遺骨は分骨され、金沢市の野田山墓地、京都市北区の大徳寺芳春院に納められた。



そんな良妻賢母なまつさんの塔頭ということを知らずに入った私。。。

DSC04481.jpg


紅葉が綺麗だね~とか、そんなノリで入っちゃいました。

anigif_20111206084623.gif

境内に入ってからの写真撮影は禁止でした。


芳春院(まつ)の木像をはじめ、前田家歴代の御霊牌が祀られている本堂で、

観光協会の方が大徳寺や芳春院について丁寧に分かり易く説明して下さいます。


以後の写真は、撮影禁止になる前のものです


images (1) images (8)

本堂前に広がる花岸庭と名づけられた前庭は禅院式の枯山水庭園で山溪より流れ出る水が湖に注ぎ、

大海に帰する山水の様を表しており、美しい砂紋に点在する庭石は、大海に浮かぶ船を模し、

奥の苔に覆われた場所を彼岸(あの世)、本堂側を此岸(この世)ととらえています。

この庭園がある標高と、京都タワーのてっぺんが同じ高さらしく、

京都の街が緩やかな登り坂になっていることが実感できます。

ちなみにこの美しい砂紋は、禅宗ならではのもの。

一週間に一度のペースで、砂紋を引き直すそうで、禅宗の門をくぐる修行僧の修行の一環だそう。

早朝、まだ誰もいない時間に、専用の木製器具を用いて、静かな心で砂紋をひくそうです。




本堂を挟んで花岸庭の反対側にある呑湖閣。金閣、銀閣、飛雲閣に並ぶ京都四閣のひとつです。

images (4)


呑湖閣は禅寺にしては珍しく、池の上に建築されている楼閣山水式の二重楼閣で、

楼閣から遠く比叡山の向こうの琵琶湖までが望めることから湖をも呑む楼閣=呑湖閣らしい。


呑湖閣と本堂を結ぶ橋を「打月橋」といい、橋からは美しい楼閣山水庭園を望めますが

関係者(檀家)さん以外は立ち入り禁止です。

images (3)



「飽雲橋」と命名されている庭園の池には、鯉がのほほんと泳いでいます。

images (7)

まつは、この庭園の池に映る月の姿を愛で、帰れぬ故郷に想いを馳せていたのでしょうか。


ちなみにこの、「飽雲橋」という池は、昔はもっと広かったらしいのですが、

度重なる増改築を繰り返し、明治8年(1875)、書院などを新設して復興したためだいぶ縮小してます。

images (5)


写真の右側に見えているのが書院で、その奥には茶室があり、不定期で茶会も開かれているみたい。

この書院は、平成14年に放送された大河ドラマ「利家とまつ」のロケ地にもなっています。



しばらく目のレンズに風景を焼き付けてから、観光協会の方のお見送りを受けて庭園を後にしました。


images_20111206110029.jpg images (2)


庭園入り口に飾られていたのは、磯菊。京都でも変わったお花なのだそうです。


左手に庫裏を見ながら石畳を歩いていると、護国禅窟の額が飾ってあります。狩野探幽書。

DSC04492.jpg
 


ふらりと入ったけど、何だか得した気分(^^)v拝観可能なときにお立ち寄り下さい。


※撮影は禁止です。



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