黒プーあるのダイエット日記
やんちゃ息子の黒トイプードル「ある」と、万年ダイエッター☆であるメタボな管理人と、ちょっぴりシャイでゲーマーな相方さんとの、ほのぼの日記です(^^)あるの画像メインの日記やグルメレポ、ヘルシーで美味しいレシピ、趣味の旅行や映画レポをぼちぼち掲載しますので、ゆっくりしていって下さいね(^^) 訪問された際にコメントや足跡を残して下さると嬉しいです♪

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ヒゲの殿下 逝去。


天皇陛下のいとこにあたり「ひげの殿下」として親しまれた三笠宮寛仁殿下が


本日午後3時35分、多臓器不全のため杏雲堂病院で亡くなられました。


享年66歳だった殿下は1991年に食道がんの切除術以降、手術を16回受け、


その傍ら、震災被災者の支援や障害者・難病患者支援に尽力しました。


images_20120822092046.jpg



戦後間もない1946年1月5日に昭和天皇の末弟にあたる三笠宮家の


崇仁殿下(96歳)と百合子妃(89歳)夫妻の長男として誕生した彼。


幼少期より病弱であったため、体質克服を兼ねてスポーツに力を注ぎ、


高校では応援団長、学習院大学入学後はスキー部でキャプテンを努めました。


68年に学習院大法学部卒業後、イギリスのオックスフォード大学留学を経て、


スポーツ振興にも尽力し、70年からは約1年半、札幌五輪組織委員会の事務局に


平社員として勤務。日本ラグビー協会などスポーツ団体の役職も務め、


ラグビーの2019年W杯の招致成功にも尽力しました。


75年には、ラジオの深夜放送「オールナイトニッポン」にDJとして出演。


庶民的な彼の人柄は、閉鎖的な皇室のイメージを払拭しました。


80年に吉田茂元首相の息子で麻生セメント会長を努める麻生家の三女・信子妃と結婚。


彼女の兄は麻生太郎元首相。翌年に長女彬子さん、83年には次女瑶子さん出生。


82年には「社会活動をするために皇族を離れたい」と「皇籍離脱」の意向を


宮内庁に申し出て騒動となりましたが、その後もスポーツ振興や奉仕活動に尽力。


しかし順風満帆であった彼の人生に陰りが見え始めたのは91年のこと。


食道にがんが見つかり自ら病名を公表。切除術を受けられます。


しかしそれ以降も転移が続き、喉や舌、首のリンパ節にがんが見つかり


4年間で6回の手術を繰り返します。


病魔と闘いながらも福祉活動やスポーツ振興に取り組み、


自分と同じく闘病生活を余儀なくされている人々の手助けになればと


自らの闘病体験を著作したり積極的に各地で講演し、告知の可否にも言及し、


患者本人が病気を正しく理解すること、患者の意思決定の重要性を訴えました。


また障害者支援に尽力し、障害者スポーツ大会にも看護師を伴い出席しました。


05年に政府が提出した「皇室典範に関する有識者会議」内の女系天皇容認に対し


「男系が続いてきた皇室の伝統に反する」と皇族で唯一異議を唱えました。


07年にアルコール依存症と診断され入院治療中であることを公表。


08年に誤嚥防止の手術を受け声を失い、人工喉頭を使用し講演を続けます。


東日本大震災後の11年5月には、自ら総裁を務める仙台市の福祉施設を訪れ


入居者である障害者や難病患者を励ましました。


しかし同月に新しいがんが見つかり、緩和ケアを希望。


手術を受けないという彼を周囲が説得し、12月に入院。


喉の腫瘍摘出後、入院療養を続けていましたが、今月に入り口や鼻からの出血、


5日夜からは無尿となり多臓器不全状態に陥り危篤状態に。


そして本日6月6日、親族が集まる中、逝去されました。


どうしてもとっつきにくいイメージのある皇室でしたが、


最近はかなりオープンになってきたことと、


被災地などの慰問をする姿を見ているうちに


すこし距離が縮まったような印象があります。


とくに彼は、自ら闘病していることやアルコール依存症である事を告白し


皇室のあり方に異議を唱えるなど、実に皇室離れした生き方を貫いた人でもあり


まっすぐな生き方だからこそ、周囲の人々に親しまれたのではないでしょうか。


心より哀悼の意を表します。



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テーマ:訃報 - ジャンル:ニュース











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